浅田真央と水蜜桃

 浅田真央選手・高橋大輔選手を中心に、
 フィギュアスケートの動画を紹介するブログです。
 採点の疑問も記事にしています。
 

06月« 2017年07月 /  12345678910111213141516171819202122232425262728293031»08月
BLOGTOP » ~2011.10 テレビ出演・他 » TITLE … 小塚を変えた「真央効果」 チャリティー演技会&スペシャル対談【動画】

小塚を変えた「真央効果」 チャリティー演技会&スペシャル対談【動画】

2011-5-8-10.jpg


小塚崇彦選手が中心となって企画し、浅田真央選手・鈴木明子選手・村上佳菜子選手・高橋大輔選手・織田信成選手・羽生結弦選手らが参加したチャリティー演技会の、東海ローカルで放送された動画3本立てです。

小塚崇彦選手と浅田真央選手による、日本テレビ系列「ニュースzero」のスペシャルインタビューの動画もあります。


世界フィギュアで銀…小塚を変えた「真央効果」


 5月1日までモスクワで開かれたフィギュアスケートの世界選手権で、小塚崇彦(22、トヨタ自動車)が銀メダルに輝いた。今季は昨年12月の全日本選手権で優勝するなど大きく成長。父・嗣彦さんは1968年グルノーブル五輪代表、母、祖父もスケーターという「フィギュア一家」に育った逸材が開花した理由は……。

2011-5-8-12.jpg


■チャリティーショーに出演

 世界選手権を終え、帰国して間もない7日、小塚が音頭をとった東日本大震災のチャリティーショーが愛知県豊橋市で開催された。

 3月11日に震災が起きた直後から温めていたというプラン。募金箱は自ら日曜大工で作成、客席の設営も手伝う熱の入れようだった。浅田真央(中京大)ら地元・愛知県のスケーターだけでなく、小塚の呼びかけに賛同した高橋大輔、織田信成(ともに関大大学院)も参加。ショーのトリで登場した小塚は、世界選手権メダリストとしてアンコールも含めて堂々の演技を披露した。

 「ずっと何かできることはないか、と思っていた。初めてのチャリティーショーだったが、たくさんの人が賛同してくれて、会場一丸となってくれてうれしい」。主催者を代表して挨拶(あいさつ)した。

■看板選手に

 前日には、7月に行われるアイスショー「THE ICE」の発表会見に出席した。所属事務所の主催で、これまで浅田真央と姉の舞がホスト役となっていたが、今年は浅田真央と小塚の2人。看板選手として成長した証しだ。

 五輪終了後、翌シーズンにかけては若手が飛躍しやすい時期で、ジャッジも積極的にそれを後押しする。世界選手権の男子で過去にメダルを獲得した日本人選手、佐野稔(1977年に銅)、本田武史(2002、03年に銅)、高橋(07年に銀、10年に金)はそうしたチャンスを生かした。3人が初メダルを獲得した年齢はそれぞれ21歳、20歳、21歳。小塚もほぼ同じ道のりをたどったといえる。

 「周りからも言われていたから、(メダルを)取りたかった。1回表彰台に乗ったことで、(3年後の)ソチ五輪にもつながったと思う」と小塚。

■表彰台は「気持ちよかった」

 震災の影響で当初予定されていた東京大会が中止になり、1カ月遅れでモスクワでの開催となったため、調整に苦しんだ選手もいたが、小塚は「メリットもデメリットもなかった」と平然と語る。

 初めて表彰台に立った感想は「いやあ、いい場所でしたよ。なんかすごく気持ち良かった」。

 今季はショートプログラム(SP)はやや不安定だったものの、フリーが安定していた。アイスダンスで今大会、金・銀・銅メダルを獲得したいずれの組も指導しているコーチ、マリナ・ズエーワ(ロシア)の振り付けとクラシック音楽が、基本に忠実な小塚の滑りに合っていたし、フリーの4分半をほぼミス無く滑る心身のタフさも際立っていた。

2011-4-29-13.jpg


■あえて“寄り道”

 3月、世界選手権東京大会の中止が決まると、小塚は香川県の金比羅山に行ったという。「最後の10段は足が動かなくて、アスリートの意地だけだった」というが、本宮までの石段785段を一段とばしで一気に駆け上がったというから、すごい。

 小塚がスケートを始めたのが4歳のとき。そのときから引っ張って一から手ほどきした佐藤信夫コーチは「やっぱり(才能は)すごかったですよ」と振り返る。

 しかし、フィギュア一辺倒にはせず、小塚にあえてアイスホッケーをさせるなどして“寄り道”をさせた。「あんまり教え込みすぎると、しゃちほこばった硬いスケートになるから」

 そうした佐藤コーチの指導が功を奏し、小塚の自然で、世界屈指といわれる美しいスケーティングが生まれた。滑りがいいから、ジャンプも安定し、スピンの回転も早い。ステップも「難しいことをやっているな」とバンクーバー五輪銅メダリストの高橋は評する。

■「感覚に頼りすぎていた」

 昨季の世界選手権では、もう少しで手に届きそうだったメダルを逃した。SPで4位となりながら、フリーで4回転ジャンプを失敗して焦り、ミスが続いて10位に終わった。

 「4回転をミスすると思わなかった」。翌日には「お話しすることはありません」と言ったっきり口を閉ざした。普段はあまり引きずらないタイプの小塚も、考え込まざるを得ない体験だった。

 「どうすればいいのか?」。自分の技を1つ1つ検証、自問自答して下した結論は「これまで自分の感覚に頼りすぎていた。試合では力が入るので、(自分の思っているような)感覚とは変わる」ということだった。

■ポイントをしっかりと決める

 今までもウオーミングアップは時間を計測しながらしていたが、それを演技にも応用した。例えば昨季、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)は跳ぶことに焦ってしまい、回転すらできないことも少なくなかった。「曲は常に一定。曲のこの部分で踏み切るとか、ポイントをしっかりと決めた。早すぎたら意識的に待つようにした」という。

 技術に意識を集中しすぎて表現することがおろそかになりかねないが、「それが自然にできるようになるまでやった。昨季までも神経は研ぎ澄ましてきたつもりだけれど、ボーッとしていたというか、何となくやっているところが多かった」

 2月の四大陸選手権の前後、少しおかしかった4回転ジャンプの感覚も、そうした方法で修正したという。

 「(ジャンプしたときに)左側に体がずれていた。それは手が伸びているから回転の始まりが遅くなって、自分で(無理に)引っ張ろうとするから、左に(ずれて)上がるんだなって」。こうしたことは佐藤コーチに相談はしたが、基本的に自分で考え、解決法を見つけ出した。

2011-4-29-9.jpg


■すぐにあきらめてしまっていたが…

 「甘ったれでね」と佐藤コーチは言う。一人っ子の小塚はかわいがられて育ってきた。そのためか、ちょっと調子が悪かったり、疲れたりすると、「もうダメ、こんなに頑張っているのに」とあきらめて力を抜いてしまうところがあった。

 「そこで頑張らないとダメ。どれだけ苦しみ抜いてきたかで順番がつくんだよ、って言っても、(小塚は)その意味を理解できないようだった。でも、今季はそうしたことが少しずつ分かってきたようだったから、何とかなる気がしていた」と佐藤コーチは話す。

■「浅田選手の存在が大きかった」

 そうした変化はどうして起きたのか? 頑張りたい人だけが頑張ればいいという、良くも悪くも放任主義の北米に1人で練習に行って自覚が芽生えたことも一因だろう。

 だが、「浅田選手の存在が大きかった」と小塚自身は言う。昨年9月から佐藤コーチの下、一緒に練習するようになった。「何回も何回もずーっと練習している。『あ、これなんだな』と思った。彼女に負けてはいられなかった」。“真央効果”は絶大だった。

■優勝のチャンとは大差

 「今季の反省点は?」と聞くと、首をかしげながら、「うーん、何だろう。できることはやったし、後悔はない。これからは今季積み重ねたことを発展させていきたい」と小塚は言う。

世界フィギュアのエキシビションに出場した(左から)小塚、安藤美姫、高橋=共同
画像の拡大

世界フィギュアのエキシビションに出場した(左から)小塚、安藤美姫、高橋=共同

 ただ、自分の中では満足でも、SP、フリーで計3度の4回転ジャンプを決めた世界選手権優勝のパトリック・チャン(20、カナダ)には22.57点もの大差をつけられた。

■「パーフェクトな演技を」

 来季はSPでも4回転を入れていくつもりだが、それ以上に固執するのはノーミスの演技だ。世界選手権でも、ノーミスだったフリーの技術点は、4回転を2回跳んだチャンより上だった。

 「4回転も大切だけれど、パーフェクトにするとよく見えるし、ジャッジも人間なので点数があがる。もちろん、次は上(金メダル)を狙うしかない」

 2011~12年シーズンへ向けて、今回はオフが例年より1カ月短い。「それが少し心配」。6月には振り付けのため渡米する。それまでしっかり英気を養うつもりだ。

(日本経済新聞/原真子 2011/5/10 7:00)

2011-4-29-11.jpg





真央ちゃんと崇ちゃん、一緒に練習するようになって、お互い影響されてるそうですね。

上のコラムでも触れてますが、崇ちゃんは真央ちゃんの練習熱心さに感銘を受けたそうです。
「すでに世界女王なのにすごく頑張ってる」、「真央は出来るのに何で崇は出来ないんだと先生に思われるかも知れない」と、以前語っていました。

バンクーバーで8位入賞した時は、「あんなフニャフニャした子が…」と、素直には褒めてくれなかった信夫先生も、2010-2011シーズンは真央効果が表れて、「今まで練習にムラがあったけど、変わった。良くなった、強くなった」と、顔を輝かせていましたものね。
信夫先生も教え子の成長が嬉しいのね❤(∩^ω^∩)

真央ちゃんも、「崇ちゃんはスピンやスピードがすごい」、「軽々とジャンプを跳ぶ」、と感心してましたし、何より先生にずっと見てもらえる充実感が大きいようですね。
空港で突撃取材を仕掛ける無作法な記者から崇ちゃんが守ってくれたり、佐藤ファミリーに加えてもらった事は大きな安心につながってますよね。
信夫先生、崇ちゃん、これからも真央ちゃんをよろしくね♪(´∀`人*)

次の記事は2009年のものですが、崇ちゃんの幼少期から自分の演技を見つけていく過程をなぞる、興味深いコラムなので引用します。





フィギュアスケート小塚崇彦 父が先生、4歳から氷上に(駆ける魂)

 眼前に広がる海に遊び、背後にそびえる山を走り回った。自然豊かな愛知県蒲郡市で、フィギュアスケートの小塚崇彦は幼少期を過ごした。家の中でも同じ調子だったらしい。

 「どこかに連れていって」。家事がはかどらない母に頼まれ、父が連れていった先がスケート教室だった。4歳でのスケートとの出合い。「滑っていれば幸せで、氷の上にいるのが楽しかった」と小塚はいう。

 「先生が良かったからでしょう」と父・嗣彦。フィギュアの元全日本選手権王者で、一九六八年グルノーブル冬季五輪代表。スケート教室の先生とは父のことだ。その父が後ろから服をつかんで、一緒に滑ってくれるのだ。転ぶはずはなく、子供はうまいと錯覚する。「調子に乗りやすいタイプかも」という小塚はのめり込んだ。

 13年後の二〇〇六年、世界ジュニア選手権を制し、今季はグランプリファイナル2位、四大陸選手権3位と着実に世界への階段を上ってきた。

 人は「フィギュア界のサラブレッド」と呼ぶ。母・幸子も元選手。祖父・光彦は旧満州(現中国東北部)王者で、嗣彦を育てた指導者だった。たびたび父について聞かれる。重荷にならないか? 「特にない。子供のころは恥ずかしかったけれど」と答える。「リンクに行くにしても、スケートは誰かの協力なしにはできない」。小塚にすれば、それが両親であり、たまたまスケート選手だったということだ。

 両親はスケート選手にするつもりはなかった。「主観的な採点で勝敗が決まる競技はこりごり」と嗣彦。アイスホッケーを習わせ、サッカー、野球、水泳もさせた。だが、小塚に言わせれば「すべてフィギュアのためにしていたようなもの」。小学3年のころフィギュア一本に絞った。

 息子の好きなことを存分にさせたいのは親心だ。そして、将来を案ずるのも。週末は、数々の名選手を育てた佐藤信夫に指導を託すと同時に、中学受験を目指して勉強させた。下校時に校門に車が待っていてリンクに直行。午後九時過ぎに帰宅すると家庭教師と勉強する。金曜には新横浜の佐藤の元へ行き、土曜の午後と日曜は名古屋の塾へ。
 
 「何をしているんだか分からないような、ぐちゃぐちゃな生活だった」と小塚。スケートは全日本ノービス選手権(小学生)を3連覇したが、県下有数の進学校への受験は失敗し地元の公立校に進んだ。

 少年にはタフな経験だったろうが、小塚はケロリとしていたという。中学時代、スケートに時間を取られても、受験勉強の“貯金”があるから、学校の成績面でも困らなかった。

 「よほどスケートが好きなんだな」と、嗣彦は感心する。自身は光彦の厳しい指導もあり、スケートが嫌で仕方がなかったが、息子は才能があるとも思えないのに、好きの一念でここまで来た。小塚の成長は、90歳を超えた祖父の一番の生きがいとなっている。今も日々の練習を父と母が見守るなかで、小塚は世界への道を歩んでいる。

 見る目のある子どもだったのかもしれない。一九九四年、千葉で行われた世界フィギュアスケート選手権で、当時5歳の小塚崇彦が最も心を動かされたのは、男子選手ではなく、女子を制した佐藤有香だった。しかも、ジャンプやスピンではなく、世界一と評価されていたそのスケーティングに魅了された。
 
 「疾走感というか、リンクの端から端まで勢いでワーっと行くのがすごいなと感じた」。それから15年を経たいま、小塚自身がスケーティングをたたえられる選手に成長している。

 氷とスケート靴が一体化しているような滑らかさ。現在、小塚のプログラムの振り付けをする佐藤有香、その父で、小塚のコーチを務める佐藤信夫が同じ言葉を使って、小塚のスケーティングを評する。

 「自然」。有香は「タカ(小塚)は自由自在に簡単そうに滑る。あれはものすごく難しいことなんです」という。小塚は「多分、アイスホッケーをしていたおかげ」と理解している。

 確かに、氷上の格闘技の経験はプラスに作用しているのだろう。小塚が氷の上でナチュラルに、スムーズに体を動かせるのは天性のものらしい。九四年夏、信夫が行った軽井沢合宿でのこと。氷上ではしゃぐ5歳の小塚の身のこなしの軽さに、信夫も有香も目を見張った。

 「運動は何をやらせてもうまい」という触れ込みで信夫の元に来る子が少なくないが、意外にスケートはうまくいかなかったりする。「陸上と氷上とでは動作のタイミングの取り方が違う。滑りながらバランスをとらないと動けない」と信夫。陸上の運動能力が高いからといって、スケートもうまくこなせるとは限らない。

 小塚は陸上での力がずばぬけているわけではない。垂直跳びは50センチに満たず、一般男性並み。「太ももの筋肉も大したことはない。よくあれだけジャンプをこなせるなと思った」。今季から小塚のトレーニングを担当している中京大体育研究所の内藤法永はいう。

 小塚がここまでのスケーターになったのは、音感ならぬ、“氷感”が優れているからだろう。そんな小塚を信夫は「門前小僧(習わぬ経を読む)」と評する。子供は見よう見まねで何かを身につける。小塚には元五輪選手の父・嗣彦という手本があったのが大きい。嗣彦も教えた信夫は「癖まで引き継いでいた」という。 

 信夫はプロ野球の長島茂雄を引き合いに出して、説く。本人に理屈は説明できないだろうが、あの勝負強い打撃はあらゆるデータを脳が解析し、体が反応した結果だ。「小塚はそういうインスピレーションというか、理解力、体をコントロールする能力が高い」。言われたこと、見たものを脳がすぐに情報処理し、今までの経験とつなげて、自分のものにしてしまう。 

 平日に練習に付き合っている嗣彦は息子について「習得に時間の掛かる子」と話す。男子によくあるケースだが、少しできるようになると冒険をする。頭からの転倒などの失敗は数知れず、多少の回り道をしてきた。それでもケガせず、ひるまなかったからこそ今がある。

「何を表現するの? 演技って何?」。ジャンプして、クルクル回るだけでは、なぜダメなのか。フィギュアスケートというスポーツの本質にかかわる疑問を、小塚崇彦はつい最近まで抱えていた。

 採点法が変わったいまでも、芸術点は総得点の半分を占める。外国選手には、採点されない部分でも映画のワンシーンのように振る舞う者がいる。小塚には、「そこまでするのは恥ずかしい」という思いが最近まであった。

 振り付けに携わっている元世界選手権女王の佐藤有香は「羞恥(しゅうち)心を抜いていくため、演技力の必要なプログラムを徐々に与えてきた。だんだん、演技をしたいという意欲が出てきた」と話す。

 今季のショートプログラム(SP)は「TAKE5」、フリーは「ロミオとジュリエット」だ。「音をつかむことを重視している。SPはドラム、トランペットと次々とメーンの楽器が変わる。一つひとつの音と滑りを合わせていく」と小塚。今回のSPはリズムに乗ればいい。

 問題はフリーの悲恋物語の方だ。思い描いたのは「告白せずに、死にもしないロミオ」。すてきな女の子を見つけて、なんだかドキドキする。これが恋か……というイメージだという。「僕自身、少年から青年へ変わっていく時期。自分をナチュラルに出せばいいかな」。とはいうものの、まだロミオにはなりきれていないと自覚している。

 フリーでは毎回、ミスを犯している。それは、少々背伸びの必要な表現力を求められているからだけでなく、体力的にも負荷のかかるプログラムに挑戦しているからだろう。冒頭に4回転、疲労がたまる終盤にトリプルアクセル(3回転半)を入れている。

 3回転までなら力で回れるが、4回転は「タイミングと力が合わないとダメ」。高度な技術を安定して繰り出す体力がまだない。「一五〇〇ccと四〇〇〇ccの車だったら、四〇〇〇ccの方がゆとりがあって、加速や乗り心地がいいでしょう」とコーチの佐藤信夫。馬力もなければ、フリーの4分30秒はもたない。

 今季から筋力トレーニングを始めたおかげで、GP米国大会とフランス大会は4回転はともかく、トリプルアクセルは着氷できた。しかし、発熱で寝込み、それ以降の試合では回転不足か転ぶかした。「体力がつくと楽しみなんですが」と信夫は目を細める。

 二十四日からは世界選手権(米国・ロサンゼルス)に臨む。「完ぺきな演技をしていないのに、今季はいい位置にいた。今回は各選手が目の色を変えてくるので気を引き締めないと」 今大会には来年のバンクーバー冬季五輪の出場枠がかかっている。小塚の目標は「日本の3枠確保」。国内に織田信成(関大)や故障離脱中の高橋大輔(関大大学院)というライバルがいる。自身の五輪出場の可能性を広げるためにも3枠が欲しい。五輪は「スケート人生最大の目標」。かつて五輪の舞台を踏んだ父・嗣彦を追い越そうとしている。

(日本経済新聞/原真子 2009/3/11 7:00)

♪ 続き ♪

■チャリティー演技会



▲5月9日 東海テレビ「スーパーニュース」



▲5月9日 メ~テレ「どですか」



▲5月9日 CBC「イッポウ」&中京テレビ「news every」


■スペシャルインタビュー



▲5月9日 日本テレビ「ニュースzero」


真央と崇はお互い刺激しあってもっと強い選手になると思われる方、  
↓コチラをクリックお願いします。 ↓コチラもクリックお願いします♪ 
  ブログランキング・にほんブログ村へ  人気ブログランキングへ
     (にほんブログ村)      (人気ブログランキング)

    応援ポチが更新の励みです。ありがとうございます