浅田真央と水蜜桃

 浅田真央選手・高橋大輔選手を中心に、
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浅田真央に戻った笑顔 中国杯で表現した「滑る喜び」


浅田真央に戻った笑顔 中国杯で表現した「滑る喜び」

 浅田真央のコケティッシュな笑顔が弾けると、爽やかな風で鼻をくすぐられるように、ジャッジからフッと笑みが漏れた。

 4日まで行われたフィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ中国杯。浅田はショートプログラム(SP)で「アイ・ガット・リズム」の軽やかなリズムに乗って小気味良いステップを踏みながら、愛嬌(あいきょう)を振りまいた。


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中国杯の女子SPで2位につけた浅田真央=共同



■シニアデビューのときと同じオレンジ色の衣装

 15歳でシニアデビューしたときと同じ、オレンジ色をした衣装。SPで僅差の2位につけると、フリーで見事に逆転し優勝を飾った。

 「初めて出たシニアの試合もオレンジ色にポニーテールだったので、『あの頃みたいだなあ』って思いながらメークしてました。それにSPを踊ってる間、リラックスして楽しく滑れたんです。そういう意味でも、ちょっとでも15歳のころに近づけて良かったな、と思います」

 2005年、シニアデビューした浅田は、氷上をいともたやすく滑走し、何事にも動じない大物さで高難度のジャンプをポンポンと決めた。当時は「緊張ってしたことがないので、緊張がどういうものか分からないです」と答えて周囲を驚かせたものだ。

 それから7年を経て、浅田の口から漏れた「15歳のときのころ」という言葉。浅田にとってのスケートは、どんなものに変化したのだろうか――。

■「何をしているんだろう」 目標を見失った日々

 12年3月にニースで行われた世界選手権で、浅田はジャンプのミスが相次ぎ、2年連続の6位に終わった。大会を終えた後、慣性で練習には行ったものの、一向に気持ちが入らない。

 「いつもは世界選手権が終わると次の目標があるんですが、今年はそんな気持ちになれなかったんです。『私は何をしているのかなあ』という感じでした」

 目標がなければ練習の効率も上がらない。佐藤信夫コーチに相談すると、スケートを休むことを勧められた。佐藤コーチは言う。

 「『期限は無しで、しばらく好きにしなさい』と言いました。またスケートがやりたくなるまで、1カ月でも、もっと長くてもいい。本来どんなスケーターだって、身体も心も休めてスケートを忘れる時期は必要なんです。それで、いざ練習が始まったら基本からしっかり作り直すもの。だから僕は名古屋には行かず、彼女も新横浜には来なかったから、3カ月は一緒に練習しなかったと思います」

♪ 続き ♪

 日本選手が長期のオフを取ることは少ないが、海外選手ならば1カ月ほど休むのは珍しくない。浅田も国内外の旅行をして、スケートから離れた生活を送った。


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女子SPの演技を終え笑顔を見せる浅田。右は佐藤信夫コーチ=共同



 その間、多少の自主練習はしていたものの、本格的にスケートを再開する気持ちにはなれない。スケートを辞めたいと思う時期さえあったというが、7月末のアイスショーが近づいてきたころ、気持ちに変化があった。  「このままこうしていても自分のためにならない。『自分は何しているんだろう』という気持ちになって練習を始めたんです。最初は、自分の気持ちを頑張ってスケートに向かせながらの練習でした」

 練習に行けば「何をしてるんだろう」。スケートから離れれば「何をしてるんだろう」。どっちに転んでも明確な目標が見つからないまま、しかしスケートを捨てることもできなかった。

■従来どおり基礎から厳しい練習

 リンクに戻ってきたまな弟子を、佐藤コーチは温かくというよりは、愛情のある厳しさで迎えた。佐藤コーチは語る。

 「従来のオフどおり、全てのことを基礎からやり直しました。かなりプレッシャーをかけて、甘やかしませんでしたよ。甘やかしてもどうにもならない。厳しい世界だから」

 休みは無期限と言っていたものの、いざ戻ればいつも通りの厳しい練習。むしろ休んだ代償で「しばらくは感覚が戻らなかった」という浅田は、毎日4時間以上の練習をひたすらこなした。

 SPの曲は「アイ・ガット・リズム」、フリーは「白鳥の湖」に決まり、振り付けも終えると、練習はさらに密度の高いものへと移っていった。


 同じく佐藤コーチに師事している男子の小塚崇彦と2人での貸し切り練習。自分の曲がかかっているときに滑り、相手の曲がかかっている間に注意点を聞く。そうしているうちに、またすぐに自分の曲が……。


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中国杯で優勝した浅田のフリー=共同  



 「決して楽な練習ではないと思いますよ。スケーティングもジャンプも、僕の理想とするものにはまだまだ及びませんから」と佐藤コーチ。 コーチのこの前を向く厳しさが、練習を開始した浅田にとっては必要だったのだろう。

 「いざ練習に入ったら、気持ちもスケート中心の生活になっていきました」と振り返る。

■浅田と逆の発想、佐藤流の指導

 佐藤コーチの指導法は、いたって堅実なものだ。

 「僕には秘策も戦略とかは無いんです。ゴールを決めて計画をたてる、というタイプでもない。ここまでできるなら、次はこうしよう、という繰り返し。ちょっとずつ伸びていくことが目標。それをいつも言ってきた」

 「ソチ五輪を目指しての計画とか、今季の世界選手権で表彰台とか、ゴールを設定して練習することは一切やらないんです」

 これは浅田にとってまったく逆の発想だった。

 これまでの浅田は分かりやすいゴールを決めて努力するタイプ。15歳のころから「オリンピックに出たイメージはいつもいつも描いている」と話し、五輪までは金メダルを目標に、日々練習を重ねてきた。

 佐藤コーチに師事してからも、ジャンプをフォームから修正しながら、トリプルアクセルの成功にこだわった。その強いこだわりが、ここ2年の試合では裏目に出ることさえあった。

 目標が見つからないまま練習を再開させた浅田。佐藤コーチと練習の日々を送る中で、ふと、自分の変化に気づいた。


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フリーの演技を終え、笑顔を見せる浅田=共同



 ここ5年間修正に挑んできたルッツが、練習でほぼ正確に跳べる。滑りの面でも、何度も注意されてきた「力強さ」や「滑らかさ」さが実感できるときがある。すると、そのタイミングで佐藤コーチから「ここは、すごくいい」「ここは無くさないように」と声がかかる。

 「去年と一昨年は、修正、修正で、自分でも『これでいいのかな』『こうかな、ああかな』と頭の中がゴチャゴチャだったんです」

 「でも、今はこうしたことの全てが消えて、先生の言ってることと、自分の感覚とがピタッと合ってきていて、そういうときに『ああ、これでいいんだあ』ってうれしくなります」

 日々の練習で感じる、ちょっとした成長の喜び。そんな感動が、浅田の一番のモチベーションへと変化していった。ゴールを無理に設定するかつての手法に固執しなくなったことで、漸進的な佐藤流の練習を自然と受け入れられるようになったのだ。

 「今年はレベルアップできそうな気がする。去年より、精神的にも技術的にもしっかりしている」と浅田は話していた。

■笑顔、驚き顔…SPで多彩な表情

 そして迎えた浅田にとっての今季のGPシリーズ初戦。中国杯で浅田は迷いの無い演技を披露した。こだわってきたトリプルアクセルは「話題にもしていない」といい、「練習通りに、自分のプログラムをしっかり滑る」と話していた。

 SPではコミカルな顔、天真爛漫(らんまん)な笑顔、驚き顔、困り顔、と“七変化”ともいえるような多彩な表情を見せた。滑りにスピードがついたことで、あえてスピードを落としてコミカルな演技でアピールする場面と、滑りの滑らかさを見せる場面との、メリハリもつけることができた。

 フリーの「白鳥の湖」は、白鳥のように優雅に滑る場面、黒鳥をイメージして力強く舞う場面などを、スピードやパワーの強弱を使い分けて演じきった。


 「信夫先生のいっているスケートが、やっと3年目になって身体に染み付いてきたんだなと思いました。色々な滑りの幅が広がってきたんです」


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表彰式でメダルを手に笑顔を見せる浅田。左は2位のユリア・リプニツカヤ、右は3位のキーラ・コルピ=共同



■「今は自分の目指すものが見つかっている」

 結果は逆転優勝。GPシリーズで5年ぶりに優勝スタートを切れた。

 「今は自分の目指すものが見つかっています。スケートをすることで喜びを味わいたい。それが見えていれば頑張れる。本当に久しぶりのメダルもうれしいけれど、課題が見つかって次へのいいスタートダッシュになったということがうれしいです」

 かつての浅田は、ゴールに向かってプレッシャーを背負いながら努力してきた。ゴールを決めない佐藤流も、また一つのステップなのだろう。

 今季求めるものは「ちょっとずつ良くなっていく自分」。

 地味に聞こえるかもしれないが、それこそが15歳までの彼女が毎日の練習で感じていた、スケートの本当の喜びなのである。

(日本経済新聞 フリーライター・野口美恵 2012/11/8 7:00 )


 
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