浅田真央と水蜜桃

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浅田真央「日本人新コーチを迎えてソチで4回転」【まとめ】【動画】

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真央スマイル復活!ソチでは4回転で金!日本人コーチもつける!

フィギュアスケート女子の浅田真央(19)=中京大=が銀メダル獲得から一夜明けた26日、バンクーバー市内で会見した。来季はロシア人のタラソワ・コーチ(63)が振り付けとアドバイザーを兼ねた“総監督”に就任し、日本人を中心に新コーチの人選を進めていく方針であることが判明。4回転に挑戦する2014年ソチ五輪での雪辱の金メダルへ「新・チーム真央」がスタートを切る。

 激戦から一夜。涙の跡はもうなかった。「五輪でトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を3回跳べたこと、銀メダルを取れたことをうれしく思っています」。計3回の3回転半を跳ぶ五輪史上初の快挙を達成して得た銀メダルを胸に、真央スマイルが復活した。

 完ぺきな演技を見せた金妍兒(キム・ヨナ、19)=韓国=に23・06点差で敗れたが、4年に1度の舞台に懸ける思いは強まった。「五輪はすごく大きな舞台で普通の試合とは違う。もう1回出たい」と改めて宣言。「けがをしないで、次のソチ五輪まで目指せればいい」と再び金メダルを目指して戦うことを誓った。

 そのための新体制が来季から動き出す。昨季からコーチを務めるタラソワ氏とは今季までの契約だったが、来季も振り付けを含めた指導を受ける計画。ただし、関係者は「必要なものを提供してくれるコーディネーター的な存在をお願いしたい」と話す。豊富な経験と人脈を生かしてプログラム全体を統括&アドバイスする“総監督”的な役割を期待。ソチの最新情報もタラソワ氏経由で入手が可能で、4年後まで力強い味方になりそうだ。

 ジャンプなど技術面のコーチは日本人が見込まれている。来季も拠点を心身ともにリラックスできる地元・愛知の中京大アイスアリーナに置くためで、その人選の調整に入るという。

 ソチでは大技の4回転を跳ぶという夢もある。まだプログラムで挑んだことはないが、以前から「(バンクーバー)五輪が終わってからやってみたい」と話しており、タラソワ氏も「真央ならできると確信している」と太鼓判を押している。

 3月1日に帰国後も、休む間もなく世界選手権(3月22~28日、イタリア・トリノ)へ練習を再開。再び金と対決する。「しっかりパーフェクトに滑れるように、次は世界選手権に向けて頑張りたい」。ソチへつながる金メダルロードが早くも幕を開ける。

♪ 続き ♪

真央、4年後ソチ金獲りへ新コーチ探す

バンクーバー五輪・フィギュアスケート女子で銀メダルを獲得した浅田真央(19)=中京大=が、現在のタチアナ・タラソワ・コーチ(63)を総合アドバイザー的な立場とし、新コーチを招く意向のあることが26日、分かった。3月の世界選手権後にも、人選に着手する。キム・ヨナ(19)=韓国=との“激闘” から一夜明けた真央は、改めて14年ソチ五輪挑戦を明言し、悲願の金メダル獲得へ思いを新たにした。
  ◇  ◇
 4年後のソチへ向け、真央陣営が新体制を敷く。体調に不安があり、ロシアに教え子を持つタラソワ・コーチとは、オフシーズン以外でなかなか直接指導を受けられず、試合での現地合流がほとんど。五輪代表権の懸かった昨年12月の全日本選手権もロシア選手権と重なったため来日できず、チグハグな状態が続いていた。真央自身は今後も中京大(愛知・豊田キャンパス)を拠点に練習することを望んでおり、コーチ、選手としてともに戦うのは3月の世界選手権(トリノ)が一区切りとなりそうだ。
 ただ、陣営は「真央の新たな一面を引き出してくれる」(関係者)と、これまでの指導に感謝しており、引き続いて振り付けや、アドバイザー的な立場を依頼する予定。また、14年ソチ五輪はタラソワ・コーチの地元ロシアでの開催。幅広い人脈もあり、後ろ盾としては心強いものになる。
 リンクサイドに立つ新コーチについては、世界選手権後に人選に入る見込み。現在の練習環境も考慮し、日本人コーチを含めてリストアップしていく予定だ。
 会見に登場した真央は「昨日は気持ちの整理がつかなかったけど、改めてオリンピックで3回トリプルアクセル決められてうれしい。銀メダルもすごくうれしく思っています」。涙に暮れた前日とは一転してすっきりした表情。取材などで就寝したのは現地午前6時だったが、笑顔で「日本で応援してくれた人にこのメダルをいっぱい触ってもらいたい」と感謝の言葉を述べた。
 そして、改めて「五輪は本当にすごい舞台。自分ももう1回出たい。ソチまで目指せればいいかなと思います」と、再挑戦を明言。帰国後はすぐに中京大で世界選手権に向けた練習に入る。「パーフェクトな演技がしたい。世界選手権でも、次のオリンピックでも」。壮大な夢に向かって、真央は走り続ける。

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「悔しい」真央、涙を拭いて4年後へ

バンクーバー冬季五輪フィギュアスケート・女子フリー(25日=日本時間26日、パシフィック・コロシアム)力強い「鐘」の音には負けたくなかった。浅田は怒りの表情を作りだし、ときに悲しげに、ときにはかなげに、力いっぱい舞い上がって氷をけり続けた。銀メダル。「メダルはうれしいですが、演技には納得していません」。うれしいような、悲しいような、困った顔で涙を浮かべた。負けず嫌いが顔をのぞかせた。

5歳でスケート靴を履いた。2歳上の姉、舞さん(21)と一緒にリンクへ通った。舞さんは「2人で『わたしの方がうまいよ』と言い合ってましたね」と笑う。駆け出し時代は年齢差もあり、姉に軍配があがった。それでも浅田は与えられた課題を必死にクリアしては喜んでいた。

 浅田の小中時代を指導した山田満知子コーチは「すべてを持っている子」と、褒めたたえた。小6で出場した全日本選手権で3連続3回転ジャンプを跳んだ。関係者は大騒ぎ。「天才」の称号がついて回った。気が付けば、舞さんを簡単に置いていってしまった。

 待望の五輪シーズン。皮肉にも人生最大のスランプが浅田を襲った。昨年10月のグランプリ(GP)シリーズ、フランス杯で2位、続くロシア杯では自身最悪の5位に沈んだ。武器のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)が安定せず、得点が伸ばせなかった。

 「(3回転半を)百発百中にします。プログラムは変えません。練習してきたプログラムをまだ完璧(かんぺき)に滑っていないので」。ここでも自分自身に対して負けず嫌いだった。途中であきらめる自分は想像できないし、許せなかった。

 五輪行きのチケットを手にするには、昨年末の全日本選手権で勝つ以外、道はなくなっていた。毎日朝から晩まで、愛知・中京大にこもった。多い日は100本超のジャンプを跳んだ。顔を見るのは毎日同じコーチ、スタッフばかり。19歳の息は詰まっていた。

救ったのは家族とスケートだった。

 昨年12月初め、浅田は舞さんの前で泣いた。「もう跳べない」と、だだっ子のように大粒の涙を流した。中京大の更衣室。舞さんも選手だ。浅田の肩の重さが痛いほど伝わってきた。

 舞さんは「これまで何万回も跳んできて、一日で跳べなくなるなんて、ないよね」と励ました。一緒に中華料理を食べ、買い物に行った。浅田が誘い、赤いひも状のネックレスをおそろいで買った。浅田はこのネックレスを付けて全日本を制し、五輪出場を決めた。

 全日本に来られなかったタラソワ・コーチからもメールが届いた。「わたしは真央の力を知っています。真央が真央でいられることを祈っています」。浅田は「すごくうれしかった」とすぐに返信した。

中京大のリンクで、練習にやってくる子供たちと一緒に滑ることもした。浅田は笑顔で氷上を舞った。ジャンプもスピンも新しいことに挑戦することが大好きで、氷の上にいるだけで楽しかった時代があった。浅田の関係者は「あの時間で滑る楽しさを思いだしたのかもしれない」と笑う。

 4年前。トリノ五輪は年齢制限で出場がかなわなかった。誕生日が87日規定に足りなかった。最初からわかっていた。「バンクーバーに出る」と誓って練習を積んでいた。母の匡子さん(47)に「何で早く生んでくれなかったの」と冗談は言っても、「トリノに出ていたらなぁ」と想像したことは一度もない。

 初めての大舞台はほろ苦さが残った。誰もが魅了される笑顔は弾けなかった。「五輪は五輪」だという。笑顔も金メダルも世界選手権では取り戻せない。「また出たい」-。4年後は23歳。忘れものを取りに必ず戻ってくる。

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大輔が先生!真央、ソチで4回転

 フィギュアスケート女子で銀メダルを獲得した浅田真央(19)=中京大、5位入賞の安藤美姫(22)=トヨタ自動車、8位・鈴木明子(24)=邦和スポーツランド=が熱戦から一夜明けた26日(日本時間27日)、会見を行い、真央は2014年ソチ五輪へ向け、大技4回転ジャンプにも挑戦する意欲をみせた。

 次の五輪も真央の武器はジャンプであることにかわりはない。3回転の2連続ジャンプなど、高難度のジャンプに挑戦することも視野に入れている。そして、もっと大きな野望が…。女子では極めて難しいとされる、4回転ジャンプへのチャレンジだ。真央はかねてから「(練習では)4回転も跳べていることもある。バンクーバー五輪が終わってからやってみたい」と口にしており、チャレンジする下地は十分。女子の公式戦では、美姫ちゃんが02年12月、ジュニアGPファイナルで女子史上初の4回転サルコー(基礎点10・3点)を成功させているが、4回転トーループ(基礎点9・8点)となれば史上初となる。

 タチアナ・タラソワコーチも真央の4回転挑戦について、「進歩を止めることは意味がない。五輪後から試すことになる。他の人がやり始めるより早く、自分でやり始めた方がいい」との見解を持っている。

 そこに、心強い“指南役”が登場した。この日朝、出場するエキシビションの練習を終えた高橋が、真央の指導に一役買うというのだ。「(4回転のアドバイスを)聞かれればボクはこうだ、くらいはいえますよ」と歓迎。真央と高橋は五輪前、真央の技術向上の狙いもあって中京大のリンクで練習した仲。高橋も男子フリーで4回転に果敢にトライ(転倒)した。

 
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テーマ:フィギュアスケート - ジャンル:スポーツ